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広島の思想が読み替えられた日

 5月27日、オバマ米大統領が広島市の平和記念公園を訪れた。71年前、原爆を投下した国の最高権力者が初めて原爆慰霊碑の前に立った。
 翌日付の新聞各紙は大きく報じた。見出しを拾う。「核なき世界 追求する勇気を」「ノーモア決意刻む」「広島の思い伝えた」「平和への願いつなげる」「非核 願いは一つ」―。
 核兵器廃絶へ向けた高揚感が見て取れる。しかし、大統領が語ったことと現実との落差は大きい。
 広島訪問の日、大統領は軍民共用の岩国空港に降り立った。米海兵隊航空基地の格納庫で米軍と自衛隊関係者、福田良彦岩国市長ら約3千人に対して約10分間スピーチをした。日本側の協力に感謝し、日米同盟は世界の安定の源と持ち上げた。沖縄の米軍軍属による女性遺体遺棄事件には触れなかった。米軍最高司令官の顔があった。
 大統領はヘリと車を乗り継ぎ、平和公園に入った。約50分かけたケリー国務長官とは対照的に、原爆資料館は10分ほどで出た。続いて慰霊碑前で17分間の「所感」を述べた。事前に伝えられた「数分間」より長かったがプラハの28分より短かった。違和感があったのは「空から死が降ってきて世界は一変した」という冒頭の部分だ。自然現象のような言い回しだが、発したのは当事国のトップである。本当はこう言うべきだった。
 いま私が指揮する米軍は71年前、この地に原爆を落とし、無差別に市民を殺戮した。
 原爆投下正当化論が今なお半数を超える米国世論を見れば言えるわけがないという事情は理解する。しかし「安らかに眠ってください/過ちは/繰返しませぬから」と書かれた碑の前では、過ちは過ちだといわねばならない。死者が安らかに眠るために。
 スピーチとほぼ同時刻、慰霊碑の北方数百㍍で市民シンポジウムが開かれた。「被爆の実相に触れたとはいえず、核兵器廃絶については中身がなかった」とする声が多かった。大統領が原爆犠牲者を「10万人を超える」としたことに森瀧春子さんが怒りを込めて抗議していたのが印象的だった。広島、長崎両市の調査では1945年末までに亡くなった人は20万人を超えた。溝は深い。被爆者にとっての「戦後」は終わっていない。
 川崎哲さんは国連作業部会での「核兵器禁止条約」の議論を紹介した。参加80カ国以上のうち過半数を占める禁止条約の交渉推進論に対して米国など核保有5カ国はボイコット、日本は参加こそしているが反対派の先頭にいる。こうした状況をふまえ「核兵器禁止が現実化している今、戦争一般の話をするのはマイナス効果がある」と批判した。
 スピーチの後、大統領は2人の被爆者と短い会話を交わし、そのうちの森重昭さんを抱きしめた。写真と動画は世界を巡り、日米和解の象徴として新聞やテレビで紹介された。民間の歴史研究家で、被爆死した米兵捕虜12人の名前を突き止めた人。著作もあるが一般に知られているとは言いにくい。森さんの努力を米側が慰労したというべきなのだが、「和解」のシーンとして、その後もメディアで語られた。
 「被爆者は謝罪を求めていない」と公然と語られ、新聞に「被爆者78% 謝罪求めず」の見出しが躍った。記事では「本当はしてほしい」という声まで「求めず」に入れられていた。「78%」が一人歩きした。被爆者の複雑な心情をよそに「謝罪」を求めにくい風潮が作られた。
 厚木基地の空母艦載機移駐で岩国基地は来年、極東最大の米軍基地になる。最新鋭ステルス戦闘機F35Bも米国外で初めて配備される。日米軍事同盟の最重要拠点を訪れた大統領が、直後に広島で「平和」を語った。
翌日の保守系新聞は「日米の和解と同盟深化を示した」とする社説を掲載した。「広島の思想」は市民主義に立ち絶対平和を求めてきた。大統領は約50分間滞在した公園を出る直前、安倍晋三首相と並んで原爆ドームを見た。視線の先に力による「平和」があったとしたら、それはこれまで築かれた「広島の思想」の読み替えに他ならない。
(「広島ジャーナリスト」編集長 浅川泰生)

(「広島ジャーナリスト」25号=2016年6月発行=から)

  • 2016/12/23(金) 13:37

つくられた「謝罪求めず」 広島のオバマ大統領

 オバマ米大統領が5月27日、広島を訪れた。主要7カ国(G7)外相会合が閉幕した4月11日以来、ほぼ1カ月半にわたった「オバマ狂騒曲」。あれは何だったのか。各紙の報道ぶりを通して振り返る。
    ◇
 オバマ大統領の広島訪問について「謝罪を求めるかどうか」の議論があった。微妙な問題ではあるが、日本政府がこれまで謝罪を求めていないことから、米政府が「謝罪しない」とのメッセージを発信。これがメディアで伝えられて広島県、市の首長や被爆者団体幹部も「謝罪は不要」と発言した。こうして「謝罪不要」論がメディアも加担する形で大きな流れになった。
 被爆70年の昨年、朝日新聞社が被爆者にアンケートをした(8月2日付)。有効回答5762人のうち、「米国大統領が広島・長崎を訪問すべきか」の問いで24・0%が「訪問すべきだが謝罪は必要ない」と答えたのに対し43・4%が「訪問して謝罪すべきだ」と答えている。米国内の原爆投下正当化論に対しては「憤りを感じる」が46・7%だった。オバマ大統領の訪問決定が伝えられた後の5月23日付中国には「被爆者78% 謝罪求めず」の見出しで一つのアンケート結果が報じられた。共同通信の出稿だった。調査対象が115人と少ないうえ、調査方法も質問の立て方も朝日とは違っていたため単純な比較はできないが、それにしても1年足らずで大きく傾向が変わった。なぜこうしたことになったか。
 記事では、訪問の障害にしたくない、日本の加害責任を考えれば米側の責任だけを追及できない、などの複雑な心境が紹介されていた。「求めない」を選びながら「本当はしてほしい」と答えた人もいたという。
 こうしてみると、「求めない」というくくりで「78%」という数字を打ち出すのが無意味なように思える。しかし、新聞の1面の大見出しで伝えられれば、それが一人歩きする。
 こんな調査もあった。5月24日付朝日。全国の有権者1877人から回答があった。「オバマ大統領が広島訪問を決めたことを評価するかしないか」の問いで89%が「評価する」と答えたという。「なぜ」「どんな点を」という理由は聞かれていない。つまり「来ないよりは来た方がいい」というぐらいの評価と思われる。しかし、89%という数字がやはり一人歩きした。調査では、原爆投下についての設問もあった。選択肢の一つは「非人道的だが、いまではそう深く根にもっていない」だった。謝罪や、誤りを認めるよう求めることへのマイナスの評価が感じとれる。世論を誘導する一つの要因といえる。
 同日付中国には「広島とオバマ大統領 守るべき一線 譲ったのか」の見出しで繁沢敦子・神戸外大准教授が寄稿していた。米国に公式謝罪を求めても期待できないという事情を「理解している」としたうえで「問題は『被爆者は謝罪を求めていない』という言葉が一人歩きしている」「日本国内で一方的に言説がつくられた感がある」と指摘した。
 長年の苦しみに根差す憎しみや怒りといった「負の感情」は外に出しにくい。大統領歓迎ムードが高まればなおのこと、そうした思いは強まる。そんな時、突然訪ねてきた若い記者に被爆者が簡単に本当の心情を明かすだろうか。「原爆と検閲」の研究者である繁沢准教授は「検閲ではないにしても、同様の力が働いた可能性がある」とする。
 メディアを含めて「被爆者は謝罪を求めない」という言説がつくられ、その結果、謝罪を求める声が封印されたのではないか。今後、検証すべき課題である。
 この問題で平岡敬・元広島市長は、広島県・市の首長、被爆者団体の幹部が「謝罪を求めない」と軽々に発言することに対して「無残に殺された死者を冒涜する」(5月21日付中国)と述べた。一方、1984年に基本要求として「米国の謝罪」を盛り込みながら今回、オバマ大統領への要望書に「謝罪要求」を入れなかったことへの田中熙巳・日本被団協事務局長の苦しみを、5月26日付朝日が伝えている。いずれも、長い年月の間、問われ続けてきた重い課題であることを示している。
    ◇
 オバマ大統領が離日した直後の5月28、29両日、共同通信社が電話世論調査を行った(回答数1026人)。結果は30日付中国で報じられた。広島訪問を「よかった」と答えたのが98%だった。「謝罪するべきだった」は18・3%、「謝罪する必要はなかった」は74・7%だった。産経とFNN(フジニュースネットワーク)が同時期に行った世論調査(回答数1033人)でも、広島訪問を「評価する」が97・5%、謝罪すべきかの問いでは「思わない」が68・2%で、ほぼ同様の傾向が表れた。6月5日付朝日でも被爆者の9割(66人中58人)が「評価する」と答えた。大統領の「所感」が核兵器廃絶への具体的提案を持たなかったこと、原爆投下責任に触れなかったことなどを考えると、この数字は異常と思える。5月29日付毎日は、大統領の言葉をどう受け止めたか、全国の被爆者10人に聞いた結果を掲載した。所感の内容への評価は高かったが、核兵器廃絶の今後には、2人が「進む」と答えただけだった。
    ◇
 時系列のドキュメントで当日の大統領の行動スケジュールが最も詳しかったのは毎日だった。その内容が正確だと仮定すると、エアフォースワンは岩国基地に約3時間40分駐機した。うち岩国・広島の移動時間は計1時間17分。平和記念公園の滞在が51分で、岩国基地には約1時間半いたことになる。基地では約10分間のスピーチをした。残る1時間余りは何をしていたか、メディアは伝えていない。被爆の実相を知ってほしいという被爆者の願いをよそに資料館滞在は10分、被爆者との対話も慰霊碑前の立ち話だけという細切れスケジュールを見れば、もう少し平和公園で時間を取る工夫はなかったかと思われる。
   ◇
 広島訪問を取り上げた各紙社説は大きく二つに分かれた。一つのグループは中国、朝日、毎日。もう一つは読売、産経。日経は独自の立場だった。第1グループは大統領の訪問は評価するが、核廃絶のその後の道筋が見えないとした。したがって見出しは出発点、転換点、再出発などとなった。安倍晋三政権寄りである第2グループは日本周辺の核状況に目を移せば日米同盟は重要であり、核抑止力も否定できないとした。日経は訪問の意義を日米和解に見出し、アジア安定に向けた米軍基地の重要性を訴えた。
(真崎哲)

(「広島ジャーナリスト」25号=2016年6月発行=から)

  • 2016/12/23(金) 13:37

「被災者優先」という名の言論統制

 熊本地震の報道ぶりを調べていて、小さなコラムが気になった。4月16日付「産経抄」である。震災の発生で川内原発を止めるよう求めた声に対して「熊本の被災者は二の次で、己の政治的主張を優先したとの印象を受ける」と書いている。続けて「彼らは、憲法への緊急事態条項への盛り込みに反対している点でも軌を一にしている」とし「わが国には危機管理は必要ないと信じているのかもしれない」と結んでいる。
 コラムの趣旨に沿えば、憲法改正によって緊急事態条項ができれば、深刻な災害が起きても市民は原発停止を求めることさえできない、それが危機管理というもの、ということになりはしないか。
 今回の地震の特徴として当初から言われたことは「これまでの常識や経験則を覆す」「前例がない」ということだった。発生直後にテレビで地震学者が「予測はできない」と言ったのは記憶に新しい。そうであれば、熊本で動いた二つの活断層の延長線上に位置する川内、伊方の二つの原発に目配りをするのは、それほど奇異なこととは思えない。コラムは、極論すれば「非常時」に名を借りてさまざまな懸念や反論を封じる、かつての「非国民」に近いレッテルはりを感じる。
 熊本地震では、米軍の沖縄駐留オスプレイ2機が岩国経由で熊本に入り、物資輸送をするという一幕もあった。誰が見ても露骨な政治ショーだが、約60人乗り輸送ヘリCH47約70機を保有する自衛隊がなぜ、約30人乗りオスプレイの支援を要請しなければならなかったかは、ほとんどの新聞で報じられなかった。わずかに4月19日付中国「表層深層」の「オスプレイ 思惑交錯」が裏面の一端を伝えていた。この記事でも「あまりに露骨すぎる」という防衛省幹部の声が紹介されている。
 これに対して産経は4月23日付「主張」で「政治利用の入る余地がどこにあるのか」としたうえで同日付「単刀直言」でロバート・エルドリッヂ元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のインタビューを載せた。彼はこの中で「政治的な対応と災害対応は分けて考えるべき」としたうえで「オスプレイに反対だという人に聞きたい(略)イデオロギーのために次の災害で同胞を犠牲にするのか」と述べている。被災者支援という、一見だれも反対できない言葉で対立する意見を封じようとする論の構造は、冒頭の震災と原発をめぐる言論封殺の構造と似ている。(真崎哲)

(「広島ジャーナリスト」25号=2016年6月発行=から)

  • 2016/12/23(金) 13:35

スタジアム建設めぐり?不可解な人事

 異例の人事が中国新聞社であった。春の定期異動(3月1日付)後の3月23日に内示された。編集局に衝撃が走ったという。報道部長が4月1日付で読者と報道委員会事務局長に代わった。新聞づくりの要のポストから、後衛への突然の異動である。本人の体調によるものではない。事情があって代えるのであれば、なぜ3月の定期異動で発令しなかったのか。
 内示翌日の24日、今度は株主総会で役員担務の変更があった。編集担当1年の常務が営業担当に戻り、営業担当の専務が初の編集担当に。異例だ。疑念は広がった。
 二つの人事について社内は「広島市のサッカースタジアム建設報道をめぐる左遷だった」という見方でほぼ一致している。だれが、どんな理由で? 「新聞社のオーナーであり、代表権を持つ会長の指示しか考えられない」。公然の事実のように語られている。「地方紙の雄」を自認する中国新聞だが、オーナーの意向に逆らう役員はいない。「何事も会長の一存」「その意向をむしろ忖度する経営が横行している」との指摘も少なくない。
 では、報道内容の何が問題だったのか。内示が3月1日の定期異動後に、唐突に出てきたことにヒントがありそうだ。
 サンフレッチェ広島のスタジアム建設計画がある。広島県・市・商工会議所の三者とサンフレ側との意見対立で、建設場所が決まらない。ここにきて「迷走」ともいえる事態になってきた。きっかけは、3月3日の久保允誉サンフレ会長の記者会見だ。久保氏は旧市民球場跡地(中区)を候補地として整備する独自案を発表し、県や市、商議所が「優位」とする広島みなと公園(南区)に決まれば「サンフレのフランチャイズとして使わない」と言ってのけた。
 中国新聞紙面の扱いは大きかった。1面の左肩にまずニュースを扱い、社会面のトップで「強硬姿勢 賛同と驚き」「県・市など困惑」の見出しを取り、解説記事と会見での一問一答を掲載した。翌日も「見えぬ着地点 動揺続く」と続報を打った。
 これが、新聞社トップの逆鱗に触れたようだ。あとで配置替えとなった2人は会長に呼ばれたという。そこで記事をめぐりどんなやりとりがあったのかは知る由もない。しかし、オーナーが人事権を使って報道内容に介入したとすればいただけない。編集権が独立してこそ「公器」と言える。労働組合はこの人事を問題視し、労使の話し合いの場(4月の定期労懇)で議題にしたそうだ。(暁治)

(「広島ジャーナリスト」25号=2016年6月発行=から)

  • 2016/12/23(金) 13:34

ヒトラーとナチ研究、対照的な2冊

「ヴァイマル憲法とヒトラー 戦後民主主義からファシズムへ」(池田浩士著)
「ヒトラーとナチ・ドイツ」(石田勇治著)
 ヒトラーやナチズム研究書の刊行が相次いでいる。このことに触れ「保阪正康の昭和史のかたち」(2016年1月19日付毎日新聞)は「人類は二度とヒトラーのような指導者に支配される時代はありえない、と断言できるのかといった不安な心理がこうした書には共通している」と指摘する。難民が押し寄せる欧州では排外主義政党が台頭し、米大統領選では強権思想のトランプ氏に支持が集まる。全体主義の予感と息苦しさが世界を覆い始めた。こうした変化がヒトラー研究へと駆り立てる。
 「ヴァイマル憲法とヒトラー」「ヒトラーとナチ・ドイツ」は、同じテーマでありながら、すべてが好対照をなしている。前者は自由奔放、後者は端正で教科書的である。
池田は、ナチズムを「国家社会主義」と訳すことに詳細な考察を加える。もともと日本では戦前、戦中に「国民社会主義」と訳した。戦後、「国家」や「民族」が否定的概念としてとらえられ、憲法などで「国民」が肯定的に扱われるようになって「国家社会主義」が定着したという。ここで池田は「国民」という概念が、本当に肯定的にとらえられるべきか、と疑問を投げかける。私たちは「国の民」なのか。「国の民」としてしか生きられないのか。それは日本の戦後体制への批判を含む。
 ヴァイマル憲法の最大の弱点―ヒトラーに付け込まれた弱点―は、大統領緊急命令条項である。非常時、ほとんどの人権条項の停止を含む大権を大統領に付与した。なぜこの条項が組み込まれたか。池田は、近代国家として日が浅いドイツの臣民意識の痕跡だという。そしてこれは、冒頭部分に天皇条項を置く日本国憲法にも共通するという。池田はナチズムを通して戦後日本を見る。
 「ヒトラーとナチ・ドイツ」は、近現代においてドイツはヨーロッパをけん引すべき「文明国家」であったのに、なぜユダヤ人虐殺に象徴される極端な全体主義の虜になったのかを解き明かす。
 「はじめに」で著者はこう書く。
 ナチ体制は単なる暴力的な専制統治ではなく、多くの人びとを体制の受益者、積極的な担い手とする一種の「合意独裁」をめざした。
 この辺にナチ体制の特質を見極めるカギがある。著者はナチ時代を、ヒトラーが首相になった時期から開戦までと戦時体制下に分ける。戦後初期の意識調査によれば、20世紀でドイツが最もうまくいった時期は、との問いに回答者の4割がナチ時代前半と答えたという。これほど受け入れられたナチ思想とは何か。「我が闘争」に基づく、ドイツの政治学者クルト・ゾントハイマーの分析が紹介される。
 アーリア人はどの人種よりも優れているという思い込み▽無責任な議会主義より一人の指導者の人格的責任において決定されるべきだとする指導者原理▽マルクス主義への絶対否定▽民族共同体が拒絶すべきすべてのことがら(民主主義、個人主義、マルクス主義)にユダヤ人が関与しているという反ユダヤ主義―。
 第1次大戦後、ドイツは過大な賠償金を求められインフレにあえぐ。苦境から逃れるため社会民主党を中心にした大連合政権は、米国の銀行家ヤングが提示した賠償支払い軽減案受諾を決める。これに反対する国民運動が起きる。先頭に立つのはヒトラー。背後にはナショナリズム高揚への期待感があった。運動は後の国民投票で少数の賛同しか得られなかったが、ナチが上昇気流に乗るきっかけになった。それから4年足らずでヒトラーは政権を握り急速に独裁体制を築く-。記述は平易で、細部に配慮が行き届いている=真崎哲。
(「ヴァイマル憲法とヒトラー 戦後民主主義からファシズムへ」は岩波現代全書、2500円。「ヒトラーとナチ・ドイツ」は講談社現代新書、920円=いずれも税別)

(「広島ジャーナリスト」25号=2016年6月発行=から)

  • 2016/12/23(金) 13:31

許してはならない有事の民間船員利用

 この道はいつか来た航路か。防衛省が民間船員を有事での輸送船運航に従事させようとしている。海上自衛隊予備自衛官補に採用後、一定訓練して予備自衛官にするこの制度、既に陸上自衛隊は運用しており、海自への広がりは国民を強制動員した戦前の徴用復活に通じかねない。防衛省が2016年度予算案に実施費を組み込んだことに対して船員たちの労働組合である全日本海員組合は1月29日、森田保己組合長が記者会見、「断固反対する声明」を出した。
自衛隊は沖縄など南西地域での有事に備える機動展開構想を持つ。それに関連して輸送艦の不足を補うために民間フェリーの利用に伴う船員の活用をうかがっている。しかし船員たちにとっては命に直結する大問題だ。アジア・太平洋戦争時の徴用で船員たちは米潜水艦などに撃沈されて藻屑となった。声明は「1万5518隻の民間船舶が撃沈され、6万609人もの船員が犠牲となった。この犠牲者は軍人の死亡率を大きく上回」ると無念さをにじませる。
同組合は発祥の地である神戸市内に「戦没した船と海員の資料館」を開設。2001年には戦没船写真集を発刊し、墓標として主な300隻の在りし日の姿をとどめた。発刊時の組合長は、特定海域に入ると必ず合掌する先輩の姿を紹介。「14歳で徴用船員となった先輩は、自分たちの船団が攻撃を受け血と油の海に投げ出され、多くの先輩同僚たちが力尽き果て海の底に没していって、己だけが助かったという断腸と慚愧の思いで合掌していた」と記している。戦艦大和などの沈没、米潜水艦に撃沈された学童疎開の対馬丸などの悲劇は語り継がれているが、民間船員たちの犠牲が広く知られているとは言いがたい。
同組合ホームページは都道府県別の戦没船員数を載せている。比較してみると、最多は旧海軍閥の鹿児島の3746人。次は広島で3427人、その次は2999人の兵庫だった。広島県は大陸への兵士、軍需物資の輸送基地であり内航海運、造船が盛んな地であった。今も同様である。
1月29日の毎日新聞電子版によると、防衛省幹部は船員に強制することはないとしているが、森田組合長は「会社や国から見えない圧力がかかるのは容易に予想される」と強く懸念している。安倍晋三政権の集団的自衛権行使の容認、戦争法制定でいや応なく戦場死の覚悟を持たなければならなくなった自衛隊員。さらにその不安が船員たちと家族に及ぶようなことがあってはならない。(浜風子)

(「広島ジャーナリスト」24号=2016年3月発行=から)

  • 2016/09/23(金) 13:32

映画「杉原千畝」衣の下の鎧

 第2次大戦、ドイツ軍侵攻が迫るヨーロッパ東部戦線で、日本政府の意向を無視してユダヤ人難民に「命のビザ」を発行した外交官杉原千畝。彼の行動が映画化された。日本人にはなじみの薄い東部戦線の模様を丹念に描き、その意味では興味深かった。しかし、気になる箇所があった。
 杉原は戦後、ある女性から感謝される。彼女の夫はユダヤ人で、杉原のビザのおかげで米国に渡る。科学者である彼は新天地で研究に没頭。しかし、成果は米国政府によって兵器開発に利用された。
 「でも、そのおかげで多くの人の命を救うことができた」と、彼女は杉原に告げる。
 原爆開発のためのマンハッタン計画に、多くの亡命ユダヤ人が加わったことはよく知られている。しかし、成果は、彼らを死の淵に追いやったドイツにではなく広島、長崎に住む市民殺戮に向けられた。
 時代の流れをみれば、彼女のセリフは、具体的には語られていないが原爆開発を指すと思われる。だとすれば、これは今なお米国内で根強い原爆投下正当化論そのものだ。
 映画の展開からは「夫が科学者」という設定や「科学の成果が多くの命を救った」というセリフは必然性がない。では、なぜこんなシーンを入れたのだろう。リトアニアでひとりの日本人に救われ、虐殺を免れたユダヤ人難民の同胞が、原爆という兵器を開発し日本人たちを虐殺した、という批判を先回りして予防線を張ったのかと推測できる。
 いずれにしても、このセリフは同意できないものだった。戦争は絶対的な「悪」であり「いい戦争」も「いい兵器」もない。ましてや原爆という無差別殺戮の兵器開発は、どんな状況であろうと免罪できない。そのことは、一片のセリフでではなく、きちんと説明すべきだった。こんな歴史観をヒューマンなストーリーで包めば、罪はいっそう深い。
 ちなみに製作は日本テレビ放送網。安倍晋三首相も鑑賞したらしい。ではなぜ、保守系メディアが一見反権力、反戦の物語に飛びついたか。まず、ユダヤ人救済のエピソードの映画化は、米国の政治経済に大きな影響力を持つユダヤ人社会の高評価につながる。つまり、現政権の親米路線に合致する。二つ目に、昨今、政権が進める「日本ボメ」にもつながる。杉原を描くことで、ホロコーストという世界的悪夢に立ち向かった誇り高き日本人というイメージを確立できる。こんなところだろうか。衣の下から鎧がのぞく、そんな思いでこの映画を見た。(真崎哲)

(「広島ジャーナリスト」24号=2016年3月発行=から)

  • 2016/09/23(金) 13:26

全体主義の醜悪さ描く

 映画「ヒトラー暗殺 13分の誤算」(2015年、ドイツ)の原題は「エルザ―」。ヒトラー暗殺を企てた家具職人の名からとった。ヒトラー暗殺計画については、軍内部で計画された「ワルキューレ」(1942年)が知られるが、ここで描かれたのは軍部でも共産主義者でもなく、一市民による単独計画である。しかし、この映画で本当の主役といえるのは「ナチス」そのものであり、その醜悪さであろう。
 ナチスが政権を取って6年後の39年11月8日、ヒトラーはミュンヘンの酒場で演説する。その直前、一人の男が会場に忍び込み、大量の爆弾を仕掛ける。時限式で、ヒトラーの演説中に爆発する…はずだった。男は深夜、会場を去る途中、不審者として拘束される。爆弾は確かに爆発した。しかし、そこにヒトラーはいなかった。予定を13分切り上げて会場を去ったためだ。たまたま会場に残っていた8人が死亡した。エルザーは拘束されたまま生存していたが、ヒトラーが自殺する直前の4月にダッハウ強制収容所で処刑された。なぜ彼をここまで生き延びさせたかは謎とされる。
 各シーンで、「ハイル・ヒトラー」の号令のもとナチス式の敬礼が繰り返される。出てくる将校はいずれも、ヒトラーへの忠誠を誓う。しかし、エルザーは、そこに違和感を持つ。たった一人の抵抗。じわじわとわき起こる全体主義への恐怖。おそらく、その恐怖感に耐えかねてナチスに同調した市民は多かったであろう。そうした「時代」こそが、この映画の「主役」である。
 オリバー・ヒルシュビーゲル監督が、ヨアヒム・フェストのノンフィクションと、ヒトラーの秘書だったトラウドゥル・ユンゲの回顧録に基づき映画化した。この監督の作品には「ヒトラー~最期の12日間」がある。原題は「Der Untergang」(没落)。ドイツ、オーストリア、イタリアという、第2次大戦中にファシズムが吹き荒れた国によって2004年に共同製作された。1945年4月30日、連合国軍によってベルリンが包囲された中、自殺するまでのヒトラーの12日間を克明に描き、ブルーノ・ガンツがヒトラーを演じた。
 この映画の意味は二つあった。一つは、「ヒトラーの最期」をタブーにすることなく、あからさまにスクリーンに映し出したこと。もう一つは、ヒトラーを「怪物的」でも「悪魔的」でもなく、初老の、多少怒りっぽい男として等身大に描いたことである。この映画では、ヒトラーに対するなんの感慨も感傷もない。原作はやはりユンゲの回顧録によるところが大きい。
 同じ監督による二つの映画を見ると、ちょうど鏡のように対をなしていることがわかる。しかし、共通して登場する「ヒトラー」は、決して二つの映画の「軸」ではない。対照軸は「ファシズム」であり「時代」である。その意味では、ヒトラーは脇役にすぎない。
 付け加えれば、「ヒトラー暗殺 13分の誤算」でエルザーを演じたのは、「白いリボン」(2009年、ドイツ、ミヒャエル・ハネケ監督)で教師役を演じたクリスティアン・フリーデル。映画は第1次大戦前夜の北ドイツを舞台に、少年たちの目を通して大人たちの宗教的不寛容と精神的退廃という、その後のナチズム台頭の精神的土壌を描いた。
 では、日本ではこのような映画作りは可能だろうか。残念ながら悲観的な答えしか見つからない。広島で15年末に公開された「天皇と軍隊」は戦後天皇制の存続、憲法九条と自衛隊を取り上げたドキュメンタリーで、監督こそ日本人(渡辺謙一)だが製作はフランスであり、この程度の作品さえ日本では作り得ないことを見せつけた。
 あるいは15年夏に公開された「日本の一番長い日」で、天皇は猫背の中年男ではなく、すらりとした美男俳優が演じた。嘘がまかり通る、すなわちタブーに包まれた「戦争」しか、今の日本では描けないのだ。(真崎哲)

(「広島ジャーナリスト」24号=2016年3月発行=から)

  • 2016/09/23(金) 13:25

高市発言の「反知性」ぶり

 現在の政治状況を「自民党の一強体制で、論理展開を無視する反知性主義の横行」としたのは作家の佐藤優氏で、精神科医・斎藤環氏がこれに「ヤンキー主義」と応じているが(「反知性主義とファシズム」2015年、金曜日刊)、一連の高市早苗総務相発言もその延長線上にある。しかし、高市発言が無知から来ると非難するのはたやすいが、それではすまないだろう。反論を承知の確信的発言と思われるからだ。こうした放送法の読み替えは、安倍晋三政権が憲法9条を、その由来や経緯を承知の上で無理やり読み替えたのに似ている。
 あらためて経緯を振り返る。2月9日の衆院予算委。「憲法9条改正に反対する内容を相当時間にわたって放送した場合、電波停止になる可能性があるのか」という民主党議員の質問に答え、「将来にわたってまで、法律に規定されている罰則規定を一切適用しないということまでは担保できない」と、電波停止を命じる可能性に言及(2月10日付朝日)。これを、産経を除く各紙の社説は「放送の自律 威圧も委縮も無縁に」(2月10日付朝日)、「総務相発言 何のための威嚇なのか」(同毎日)などと批判した。政権寄りの読売でさえ「放送局の自律と公正が基本」(2月14日付)とし「電波停止に踏み込んだのは言わずもがな」と書いた。
 最大の論点は放送法第4条の「政治的公平」を法規範と読むかだが、そう読めば第1条の「放送の自律の保証」や憲法21条の「表現の自由」との整合性がとれなくなる。したがって多くの有識者は4条を「倫理規範」と理解する。第一、だれが「政治的公平」を判断するのか。権力者がするとなれば、4条は「検閲条項」となる。
 さらに高市総務相は、個人のブログ「早苗コラム」で「テロへの参加を呼びかける番組を流し続けた場合には、放送法第4条の『公安及び善良な風俗を害しないこと』に抵触する可能性がある」と書き、問題点をすり替えた。ばかばかしいほどの極論である。
 この件では各紙が特集を組み(2月21日付朝日、2月22日付毎日など)、読者に注意喚起したが、山田健太・専修大教授の「『放送の自由』守る立場 自覚を」(2月13日付中国)で「放送事業を規定する法律がビジネス(事業)法としての電波法と、コンテンツ(内容)法としての放送法の二つに分かれていることに意味がある」「そこから当然に、放送法の規定は倫理規範という考え方が導き出される」とする論が明快だった。産経は2月18日付で「違反なら停止 従来通り 民主政権も同じ答弁」と特集を組んだ。この時の片山善博総務相の答弁【注】は「表現の自由、基本的人権にかかわる」とする部分に軸足があり、高市発言とは少しニュアンスが異なるように思う。
 政権側によるメディアへの「威嚇」発言は、確実に社会に影響している。滋賀県では、県のブリーフィング前に予算案の概要が報じられたことに対し議会がNHKの全員協への招致を求めた(2月11日付朝日など、後に決定撤回)。NHK、テレビ朝日、TBSの「辛口」とみられているキャスターが今春、一斉に降板するのも、その流れであろう。

 ・健闘する「週刊文春」
 週刊文春が元気だ。年明けの1月14日号で「ベッキー禁断愛 お相手は紅白初出場歌手」の見出しで「ゲスの極み乙女。」のボーカル川谷絵音との不倫を報道、1月28日号では、「甘利大臣に賄賂1200万円を渡した 実名告発」と「政界激震スクープ」を放ち、2月18日号では「育休国会議員の〝ゲス不倫〟撮った」と報じた。甘利明・経済再生担当相はこの報道を受けて釈明会見→閣僚辞任に追い込まれ、妻が出産のため入院中にモデルとの不倫を暴露された宮崎謙介衆院議員は議員辞職を余儀なくされた。タレントのベッキーも休業の身で、CMを含めテレビから消えた。
 元プロ野球選手の清原和幸容疑者が2月2日、覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕されたが、この事件も2014年3月13日号で週刊文春が「清原緊急入院 薬物でボロボロ」と、直撃取材の結果を報じたのがきっかけだった。
 週刊誌を巡っては、一方で気になるニュースが報じられている。1月26日付中国「出版不況加速5・3%減 15年販売額 雑誌離れ顕著」。記事によると、雑誌の中でも週刊誌は前年比13・6%減と大幅に落ち込んでいる。こうした出版界の内情を詳細に取り上げたのが「創」2月号の「出版社の徹底研究」で、同誌編集長・篠田博之氏の総合リポートによれば、主な総合週刊誌の売れ行きは、ヘアヌード解禁でやや持ち直した90年代前半以来、10年余りで半減しているという。さらに深刻なのは、2000年代後半に週刊現代が「タブーへの挑戦」を掲げて果敢に切り込んだところ、多くの訴訟を抱え部数も急落したことだったと篠田氏は書く。
 こうして一時期は週刊ポストや週刊現代が業界1、2位の部数を占めたが、現在は長期低落の中で週刊文春が1位を維持している。しかし、その文春でさえ社内的には路線論争があったと、出版社別のリポートで触れている。それが表面化したのは新谷学編集長3カ月休養事件だった。2015年10月8日号で同誌は「春画入門」を掲載。読み返してみても、控えめな扱いで問題は感じられないが、経営陣と編集部との間で激しい議論を生み、担当役員の木俣正剛氏が編集長を兼務することになったという。
 数々のスクープを放った文春も部数減の荒波にさらされており、そこで「家に持って帰れる雑誌」という基本路線に変更を加えるべきかどうかが社内で争われ、その結果、文春は「エロではなく、活字の信頼性で競うのが基本」(木俣氏)という路線が再確認されたのだという。
 そうした社内議論が現在のスクープ連発につながっているのであれば結構だが、「長期低落」という厳しい現実は今も続く。背景にソーシャルメディアの進展があると思われるが、苦しくとも「不均衡、不平等と闘うのがメディア」(ジャーナリスト安田浩一氏、本誌23号掲載)という立ち位置を見失わないでほしい。

 ・「18歳」への過剰な視線
 選挙権年齢が18歳に引き下げられた。夏の参院選から新たな世代が投票する。各紙とも年初から、このテーマで特集、連載を組んだ。朝日は1月1日付から連載「18歳をあるく」を走らせ、オピニオン面でも「18歳」を特集。読売も1月3日付から「18歳 そこから始まった」を連載。日経は1月1日からの連載「政治新潮流2016」のトップに「18歳選挙権」を置いた。中国は1月26日付で特集「18歳からの1票 民主主義入門編」を掲載した。
 各紙の「18歳」シリーズ、何か落ち着かない。それはなぜか、と思っていたが、2月4日付朝日の教育面「10代のデモ 変ですか?」で少し謎が解けた気がした。写真は安保法制反対のデモなどを企画する「T―ns SOWL」のメンバーの写真。少し不安そうな表情に見える。なぜ、10代のデモは変なのかと聞くのだろうか。
 わが10代のころを思い浮かべる。社会の閉塞感に打ちひしがれ、サルトルの「壁」の意識に同感し、不条理と抑圧からの解放を求める。そんなとき、あらかじめ用意された政治参加やデモに意味を見出しただろうか。これこそが社会的「壁」であるとして蹴とばしたのではないか。
 このことを反対の方向から語ったのが斎藤環氏の「18歳って大人?」(1月19日付朝日)。選挙年齢の引き下げに反対だという。それは「賛成する理由がほとんどないから」。そして、選挙年齢の引き下げには、改憲のために若い人を動員したいという不純な動機が見え隠れするという。その通りであろう。17歳や18歳が政治に参加するのは、社会から「参加してもいいよ」といわれてするのではなく、社会に憤ったり、絶望したりした結果として自らが権利として勝ちとるべきもの、と思う。そうした視点からすると各紙「18歳」シリーズは薄気味悪さが漂う。
 1月14日付毎日「メディアと政治」で佐藤卓己・京都大教授も「18歳選挙権」に触れた。その中で、朝刊を毎日読む18~19歳は4・3%に過ぎないという「メディアに関する全国世論調査」(新聞通信調査会)の結果を紹介している。「18歳」特集は、18歳には読まれていないのだ。

【注】参院総務員会(2010年11月26日)での片山総務相答弁
○国務大臣(片山善博君) 法律にそういう大臣の権限があるわけでありますけれども、この種の表現の自由、基本的人権にかかわることでありますから、その発動といいますのはもう極めて限定的でなければいけない、厳格な要件の下でなければいけない、こちら側の態度としては至って謙抑的でなければいけないと考えております。かつての運用もそういうことで運用してきた結果、これまで発動したことはないということだと思います。

(「広島ジャーナリスト」24号=2016年3月発行=から)

  • 2016/09/23(金) 13:23

存在の耐えられない軽さ

 ある年の冬、プラハの街を訪れた際にヴァーツラフ広場へと足を延ばした。石畳が敷き詰められた通りは人も少なく、ただのだだっ広い広場だった。横道にそれると、ブランド名を看板にした小ぎれいな店が並んでいた。あの時から半世紀近く、時代は変わったのである。
 「あの時」とは1968年。ドプチェク党第1書記就任によって進められた民主化運動、いわゆる「プラハの春」を、ソ連を中心とするワルシャワ条約軍の戦車が押しつぶした事件の年である。ニュース映像で見た、広場を埋め尽くす戦車とチェコの民衆の対峙は今も鮮明に記憶する。
 チェコ事件を遠景に男女の愛の物語を紡いだ映画が「存在の耐えられない軽さ(The Unbearable Lightness of Being)」(1988年、米国)である。原作は、チェコ出身でフランスに亡命したミラン・クンデラ。プラハの外科医が主人公で、女性から女性へと渡り歩く「腰の軽い」男である。そんな彼がチェコ事件に遭遇する。言論統制が強まる中、かつて書いた論文がソ連当局の目に留まる。物語のフレームは後半、「男女の愛」から「体制と個人」へと転移するが、これ以上は映画批評の領域のこととして、ここでは触れない。映画の秀抜なタイトルのみ借用する。
 「存在の耐えられない軽さ」を思い知る出来事が、永田町を中心に起きている。政権の「トリプルA」の一角と目された甘利明・経済再生相の周辺で起きた、お粗末な金銭授受疑惑。釈明会見で「政治家の矜持」を強調し、閣僚を辞任した。そのおかげか、直後の各紙世論調査では内閣支持率が横ばい、もしくは上向いた。こうした動向に不穏なものを感じたのは、私だけではないらしい。佐藤卓己・京都大教授は「メディアと政治」(2月11日付毎日)で、「政治家の美学」という言葉から、ナチズムが大衆を戦争へと駆り立てた「政治の美学化」を批判したヴァルター・ベンヤミンの言葉を想起する。
 しかし、「矜持」や「美学」がハレーションを起こしたせいか、肝心のことは分からないままだ。甘利氏と告発者の証言で食い違うのは、受け取った50万円を直接ポケットに入れたどうかだが、それ以前に、直前まで「口利き」と思われる話をし、菓子折りに入った札束を渡されて平然と政治資金として処理するよう指示する行為(甘利証言が事実とすれば)には、金銭感覚の麻痺を感じる。
 こうした「謝罪会見」の構造を解き明かしたのが文芸評論家・斎藤美奈子さんの「消費される謝罪」(2月13日付中国)だった。日本的「謝罪」の儀式は「みそぎ」「みせしめ」であり、背後にはそれを娯楽化する大衆の残酷な視線があるとする。そのうえで甘利会見の「二つの決定的な間違い」を指摘する。一つは、「世間を騒がせた」ことではなく、金銭授受の違法性が問われているという意識が希薄であること、一つは、謝罪を発信する相手は野次馬的大衆ではなく有権者・国民であり、その関係を踏まえて説明しなければならないという意識が希薄であること。
 ほかにも、いろいろ露呈した。育休取得を運動する一方で不倫をしていた衆議院議員、除染目標の被曝線量について、自分の講演内容を覚えていなかった環境相、電波停止をいうことの社会的重みを理解しない総務相、「歯舞」が読めない北方相…。「黒人、奴隷が大統領になるとは」と発言した弁護士出身の自民党法務部会長もいた。オバマ米大統領の著作の1冊でも読めば、彼が奴隷階層にいた黒人出身でないことはすぐ分かるが、もちろんそれ以前の人権感覚が問われる。
 米大統領選で波乱が起きている。共和党予備選で、ノーマークだったトランプ氏が快走している。ハチャメチャな言動がなぜ受けるのか。米国で「ポリティカル・コレクト(PC)」という言葉がある。政治的な差別、偏見を排除しようとする運動だが、トランプ現象はこれを破壊する。日本でも、早くも警戒感を示す向きがあるが、前述した国会議員の動き、さらに「慰安婦」問題や南京事件での「百人斬り」を「あまりにも多くの嘘」と切り捨てる稲田朋美・自民党政調会長の発言(12月23日付産経「単刀直言」)を見ると、日米似たり寄ったりと思う。
(「広島ジャーナリスト」編集長 浅川泰生)

  • 2016/09/23(金) 13:16
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