機関誌 広島ジャーナリスト

●広島支部の機関誌(紙)「広島ジャーナリスト」は1967年3月に初めて発行されました。
第1号はB4の謄写刷りです。1968年には冊子版になり、謄写刷りから活版刷りになって以降、市内の書店に並べられたこともありました。ファイルは広島支部事務局でほぼ全号を保管しています。
●このページは、これまでの機関誌(紙)の主な目次(見出し)一覧です。
●随時追加掲載していきます。 (2009年2月27日 編集室)

復刊前の目次


発行
年月日
号数
目 次
執筆者
1967.3.4
1
JCJ広島支部が誕生 バラバラから共通の場へ
アドリブ事件の真相を聞く 第1回例会
書棚 「報道」「知られざる放送」「デスク日記」ほか B
1967.3.15
2
ドロ沼の原爆取材 A君が見た2月の紙面 (第3回例会報告)
 
読後の一筆 「歴史の告発書」「ベトナム黒書」
  3 欠番(行方不明)
1967.5.6
4
争点不在の市長選(広島) (第4回例会報告)
山陽新聞労組
末路あわれ無冠の帝王
1967.5.10
5
資本の中央集権に抵抗を 「地方自治」の研究会から(例会報告)
おしらせ
1947.6.17 6
不充分だった記者の分析力 統一地方選をふり返って
体制を建て直しさらに前進を 第2回支部総会開く
「海の交通ラッシュ」の理解のために~六管記者クラブからのレポート
進む裁判所の反動化 広島地裁の最近の判決から
あとがき
1967.7.8 7
誰のための地域開発  安全無視した「もうけ主義」ー大竹コンビナート爆発
議会と知事の茶番劇 世論かわした一日議員報酬問題
いまなお続く産経残酷物語
例会だより
ひとこと  奨学金という名の借金
お知らせ 本部A評議員投票ほか
1967.8.9
8
果たして天災か 考えねばならぬ報道の姿勢 呉の大災害

8~14号は行方不明。これより冊子に
1968.5.24
15
1968年第1回総会報告
編集委幹事団合同委報告
これでいいか大学問題報道
ラジオ中国弾圧事件公判記録
ドームの目


水野 喬
1968.6.24
16
沖縄で感じたこと
吉岡の単独犯行上申書をめぐる問題点
高裁判決を前にして芸労組からの報告
田島さんの法廷闘争にご支援を
「明るく正しい選挙推進大会」
 呉弾薬基地めぐる報道
星加英一

RCC芸能員労組
1968.7.24
17
キリキリ舞いの経済 東洋工の外資提携騒ぎ
反対運動の指導的役割も~呉の米軍弾薬輸送
報道の功罪
岡村昭彦氏を囲む会
あとがき
1968.8.25
18
原水禁大会かけある記
原水禁世界大会に参加して
原爆報道をみる
原爆特番をめぐって
ヒロシマの茶番
本棚 「ぼく生きたかったー被爆二世史樹ちゃん
の死」
あとがき
2K






1968.10.25
19
座談会 記者クラブの姿勢
「日本人米兵」軍籍離脱事件
長期裁判における裁判所の責任と限界
ある誤報
アンテナ 新聞職場の腰痛
 あとがき



WK
中国新聞労組
1968.12.25
20
ABCC所長発言のハラの底
 「パートタイマーの実態」の報道
びんご便り  「福山市の公害アレルギー」
アンテナ 記者クラブ
あとがき


 I
山陽新聞労組
1969.3.25
21
朴政権のジャーナリスト弾圧
気になった言葉ふたつ
ふり回された担当記者 広大紛争の中で
アンテナ 「新全総」 住民忘れたキャンペーン
あとがき



山陽新聞労組
1969.5.25
22
反動政治家たたえる社党議員
くたばれ ヒモ付き映画
ささやかでも真実を伝えていこう
中国放送不当弾圧事件 ストライキ裁判その後
大学問題を考える 2回の例会から
どこか狂っちゃいませんか あるキャップの発言
支部だより
あとがき



水野 喬
1969.6.25
23
文化戦線の統一を
 「明日に生きる」の自主上映に不当干渉
いまこそ「真実を守る闘い」を前進させよ
中国放送不当弾圧事件 ストライキ裁判その後
許せぬ「わだつみの像」破壊
「報道の自由」とはなにか
例会報告 大学問題と報道の姿勢
あとがき



水野 喬

永田守男
1969.7.25
24
くたばれ!広報体制
善意の人を盗作呼ばわり
中国放送不当弾圧事件 ストライキ裁判その後
放送の反動化に反対し民主化をかちとる闘い
反帝反独占のジャーナリスト運動(芝田教授の『現代の精神的労働』を読んで)
真実をみきわめ団結を
「田島さんを守る呉市民の会」結成
あとがき


水野 喬
RCC労組



 
1969.9.25
25
疑惑多い呉弾薬基地周辺
ひとこと 真の若者のエネルギーに脱帽
69夏 広島市東千田町 陽気な墓掘人夫二人
真の「広島の姿」示す 文集『老いと怒りと』
一年半に三人目の裁判長 中国放送労組役員の公判
アンテナ VTR県警に提出の動き、中止させる
反帝反独占のジャーナリスト運動② 
  (芝田教授の『現代の精神的労働』を読んで)
 あとがき





中国、広テレ労



1969.10.25
26
ビラはり事件について
 軽犯罪法も弾圧の手段に
「広教組事件」の真相
一日内閣のからくりに怒り
マスコミ批判集会に参加して
支部のメッセージ
マスコミ共闘幹事会の総括
呉でも労組などの支援で大成功
10.21広島県中央集会に参加し
あとがき
相良勝美






呉、T
1969.12.1
27
新聞値上げに裏取引か
新研集会に参加して
県文団連の結成総会に参加
 結成総会アピール
 広島県文化団体連絡会議会則
問題多い百貨店広島進出の報道
朝日の引き抜きの波紋
カープ選手にも合理化、しめつけ
戦車の震動で放送中断
あとがき
福本
山陽新聞労組







1970.1.25
28
裁判闘争の新たな「門出」にあたって
総選挙特集
 広島一区にも風そよぐ
 あっと驚いた広島二区
 社会党への見方あれこれ
 広島三区は若返り目立つ
 社会党の真の再建に期待
 社会党退廃ショックに一言
 「鶴」の正体を見きわめよう
 あとがき
田島昌夫








1970.2.25
29
取材メモから
無神経なスモン病記事
保守系市長もボヤク自民党の300議席獲得
「アメとムチ」の防衛施設庁予算
 ひかえ目な「出版妨害」の報道
魂を揺さぶる映画「沖縄」
あとがき






1970.4.15
30
みなさんと連帯しながら
三十号を祝して
真実の報道と労働条件
黙らないぞ
北から南から
”発表ものは他社に聞け”出稿表で競争をあおるデスク
広島を真実守る原点に
大都会の”トク名性”
 ”働く者の友愛と連帯”を万博騒ぎの大阪で思う
 万国博と増ページ
”ぼくら自身の祭り”のために
書評 戦争への市井の抵抗 
      高井有一作「退屈な休暇」
見かけだけ、よく詰まる万博トイレ
うれしかった 原爆ノーカット映画
備後の声  しろうとの蛮勇
板についた地方周り
値打ち下げた一般紙
機関紙は楽しい便り
真実考えペン曲げぬ誓い
アカ攻撃で結婚妨害  労組は三十分ストで抗議
労組加入で起ち上がる 中国放送の女性アナウンサー
広報番組の制作に居直り スポンサーは県庁で
思うこと  
  社会党と知事選
  野坂昭如の一文
  自分の首を締めるのか
  無神経な記者さん
   評論家という名の人種
  原爆慰霊碑の碑文
  単純には喜べない30号
  事実を掘り起こす努力を
あとがき
深川 宗俊
相良 勝美
松尾 武久
水野 喬

コンピ









栗、尾














1970.7.25
31
 『仁保事件』守る会の重点
生きていた記者の良識~国労組合員処分取材か
マスコミ効果ねらう? -矛盾する地裁呉の2判決- 
想像積み重ねた中傷 中国新聞「編集週報」をみて 
あとがき
藤原 薫



1970.11.10
32
公害の町に住んで 
広島を訪れたベトナム友好代表団
記者の姿勢に疑問 「原爆写真売ります」めぐって
本年度JCJ賞受賞のこと
あとがき
怒生



水野 喬
1971.2.25
33
この憎っき”公害野郎”
死刑執行のなぞ
ある盗作歌人の発言
私の森永粉ミルク事件六百日
靖国神社法案をめぐって
あとがき
比呂志
河田 昶
河田 昶

森田 恒一
1971.6.25
34
開幕した原爆報道
違反記事に中国新聞の記事
ジャーナリストから政治家への転進
反動化する裁判所=地裁呉支部の例=
コツ然と消えた特ダネ
時事通信 長谷川社長の辞任劇
河田 昶


1971.7.25
35
 ヒロシマ記者日記 '71
その許されざる悪逆  弱き者のつぶやきから
消夏への提案O採用分
 「週間時事」の購読半強制
      ー呉の製鉄所が忠誠心ためすー
例会だより 深川氏を講師に原爆報道研究会
 あとがき

比呂志

1971.8.25
36
奇々怪々のABCC 広大原医研の復元調査は茶番劇か
 仁保事件公判にとりくんで
 「公共の福祉」の名による言論弾圧
 ”戦争ごっこはやめろ!” -基地近くの雑草の願い-
ヒロシマ記者日記 ’71
「県警本部長へ釈明要求書」の波紋        
田島さんから勝利のたより             
あとがき

藤原 薫

比呂志


田島 昌夫
1971.9.25
37
 〔8・15 特集〕 ヒロシマ記者日記’71
戦争に加担しない誓い新たに  「8・15」の夕
あとがき
1971.10.25
38
制作現場からのパージ 中国放送秋信ディレクターの配転
レポート『沖縄』で考えたこと(Ⅰ)
読者調査で巡査に報償 県警のスパイ活動の実
 『森永ミルク中毒のこどもを守る会』支援する決
”現実のぬるま湯”のなかで
 『放送RCC』の廃刊をめぐる言論統制-消えた
マスコミ
あとがき


矢部 猫十






1971.11.25
39
捨てきれぬ未完のフィルム
 ドス黒い「返還」のたくらみ 『沖縄』で考えたこと
(Ⅱ)
岩国に核はあるか? 沖縄の記者との交流から
異彩はなった”平和教材”上映運動の願いをこめ

マスコミを国民の手に 実り多かった批判県民集

憲法を生かす市民会議 呉市で誕生
あとがき

矢部 猫十


比呂志



真比
1972.4.25
40
住民無視や放言たびたび 合併に狂奔する山田
広島市長
貝の舌打ち
過疎地からのレポートA、B、C
「私も視聴者」
1971マスコミ年録
あとがき
 柊

比呂志
1972.5.25
41
進む記者へのサービス 広島市「よりよい広報のために」発行
資料 抗議文 昭和47年5月~合併協取材締め出しに対し
 「古谷さんは左がかっている?」~RCC視聴懇談会から~
民衆の歴史を消していくもの~草戸千軒遺跡を訪ねて
”ポルノ”この現実をなんとする
あとがき





1972.7.25
42
「歴史を背負って差別に立ち向かう」丸木俊女史の講演
仁保事件公判で露呈した検察官の論理
寄稿 差別の中で被爆二世は訴える
支部便り
会員二人に不当配転の攻撃 
矢部猫十
青山行夫
M・Y(広島市)

1972.9.25
43
<「被爆二世」出版記念号>
悲劇的な実情を解明  朝日新聞書評
「被爆二世」に思う
心揺り動かす迫力
きのこ会からの批判~同会会報「付記」より~ S
47.8.1
よせられた「F読者カード」から
向井秀子さんからの便り(本編、明日に向かって)
初めて証言された苦しみ  埼玉新聞
JCJ賞の「広島記者団」に期待と連帯ー8.15の
夕べ
大林君の不当は配転で社長へ要望書 
民放労連青婦集会へ支部からメッセージ
事務局便り
あとがき


秋月辰一郎
田沼 肇
風早晃治


笹航一郎
平野義太郎
笹航一郎

広島支部
1972.10.25
44
検察当局を告発する-ストライキ裁判に不当な求
刑ー
この理不尽許せない -大林配転闘争ー
国鉄広報の馬脚
県議に筋違いの抗議(?)
先輩、それでいいのか
高松の仲間
公害の町からふるさとの友へ
連載 制作者のモラル(上)「未来を語りつづけて
事件」から
事務局便り
編集後記
松尾武久
水野喬
大林 進


松本良夫

比呂志
石原光之


1972.11.25
45
消された芸術祭参加TV番組 「自白」放送中止事
どこへいった民放の良心 HTVに自衛隊宣伝番組登場
RCC「開局20周年」を考える 民放はだれのも
(連載)制作者のモラル(下)「未来を語りつづけて事件」から
財界にメスを
 「解禁規制の紳士協定は無効」 広島鉄道記者クラブ
たくましく育つ準備会「いのちと自然を守る大竹市民の会」
備後通信 ルポ -列島改造運動の”モデル”地区・備後
「大林闘争」ニュース
事務局便り
編集後記
藤原 薫
笠井 純
草野 計
石原光之
TY


比呂志

青山 明
1972.12.25
46
特集 仁保事件差し戻し審判決
  Ⅰ 異常な取材規制
  Ⅱ 長期裁判と裁判所の責任
  Ⅲ判決報道に加わって
 ”公害の町”に市民パワー
メッセージ 大竹と岩国に青い空を
<備後通信>レポートにかえて
毒舌評論家の事前運動
パリ会談に寄せてー中国であったベトナム人記者の思い出
報告・・記者クラブ  
  連載 第1回 <広島市政記者クラブ>
  ー民主化に励む記者群像ー
「大林君と一緒に笑える日を勝ち取る会」ニュース
反動的な岡山地労委と山陽資本
編集後記

峰 北夫
笹 航一郎
奥田 冽
比呂志
広島支部
青山 明
比呂志
佐々木典明


奥田 冽



浅井昭秋
1973.1.25
47
記者魂開眼ー24年ぶりのストを闘ってー
消されたニュース  民放労連広島テレビ放送労
中国放送ストライキ弾圧裁判
  許されない有罪判決 怒号あふれる法廷 
  ーあきれかえる法曹関係者ー
   両君の決意表明   
押し付けのパブリシティー
スモン患者 スモン訴訟にご支援を
広島県スモン友の会会員
報告・記者クラブ 
  第2回 <広島県警記者クラブ>
  ー転換求められるサツ回りー
JCJ読者の椅子
マスコミ日誌 73.1~7
資料 南北分断前後の朝鮮の歴史 
  広島大学文学部教授 横山 英
事務局便り
編集後記
土橋 新三
喜花 俊幸


松尾武久
水野喬
小早川一雄
槙  繁
堀江 潔




坪井  直
石原 光之
1973.2.25
48
被爆二世の完全援護を目指してー行政と闘うジャーナリストー 広島記者団の人たちと連帯して
      被爆二世問題連絡会 近藤 幸四郎
われらの本「被爆二世」が合唱曲を生んだ
メッセージ「愛の歌ーヒロシマの子ー」初演に寄せ
て、 支部刊行委員会
基地イワクニの顔ーベトナム和平は成立したが
連載 記者クラブ 
  第3回 <広島県政記者クラブ>
  ー果たして”県政の番人”かー
 <備後通信>連載ルポ 瀬戸内海大橋にはせる思い
機関紙記者のつぶやき
アナウンサーの休日 ~わたしの日記から73.2.10~ マスコミ日誌 1973・7~9<中>
 JCJ読者の椅子
 事務局便り
 編集後記
奥田 冽

奥田 冽
比呂志



青山  明

やえ
沢  佳子
石原 光之
Y.H

1973.3.25
49
 「備北都市圏」構想の問題点とマスコミ攻撃の側
 <備後通信> 連載第三回 官僚の弁明と住民運動 ー三原バイパス建設計画を巡ってー
進む広報管理システィム -知る権利と真実の報道を考えるー
聞き書き・朝鮮人被爆者<上> -李 妙奸さんの場合
資料 トルーマン大統領への親書
マスコミ日録 <下> 1973.9~12
JCJ読者の椅子
不買運動取り組みの周辺-18年目を迎えた森永ミルク事件
事務局便り
編集後記
J.M
青山  明
柊 進
小早川一雄
深川 宗俊
石原 光之

笹 航一郎
1973.4.25
50
新しい記者像をもとめて
不当配転撤回闘争に勝利して
「広島ジャーナリスト」に寄せて
書ききれないもどかしさ
サツ回りの哀歌
文団連だより
筑波型指向する広大移転
桑原訴訟の問題点
巧妙化する企業の宣伝戦術
異動はブルースカイでありたい 公害地の人事異動の周辺
聞き書き・朝鮮人被爆者<下> 金用出さんの場
 「十円玉の願い」-革新の中で息吹く若者
あのころのこと
編集後記
三上 正良
大林 進
名古屋・A生
青山 明
松本 良夫
富田 一郎
宮本 哲三
北 峰夫
九鬼比呂志
小早川一雄
高木 敬介

51号以降は随時掲載します。